ツキノワグマ四国地域個体群保護のための提⾔
2020年5月27日 発行
2017年度~2019年度にかけて地球環境基金の助成を受けて実施してきました四国のツキノワグマ保護のための活動の成果を基に,JBNと四国自然史科学研究センター,日本自然保護協会の3団体連名による提言書を,環境大臣,林野庁長官,徳島県知事,高知県知事宛に提出いたしました。具体的な取り組みにつながることを期待しています。
ホームページ等で公開することにより,四国のツキノワグマの現状や保護の必要性,保護を進めるための具体的な提案について,より広く知っていただくきっかけになることも期待しています。
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ツキノワグマ四国地域個体群保護のための提⾔
四国⼭地のツキノワグマは、環境省レッドリストにおいて「絶滅のおそれのある地域個体 群(LP) 」に選定されています。四国は、ツキノワグマが暮らす世界で⼀番⼩さな島であり、 また本州の東⽇本や⻄⽇本のツキノワグマとは異なり、紀伊半島のツキノワグマと近縁な 独⾃の遺伝的特徴を持っています(Ohnishi et al. 2009; Yasukochi et al. 2009) 。捕獲禁⽌措 置により、1986年から現在までの34年間で狩猟も駆除も⾏われていないにも関わらず、現 在でも分布域は剣⼭⼭系の分布中⼼部とその周辺に限定され(⽇本クマネットワーク 2020)、推定⽣息数も 16〜24頭(鵜野ほか 2019) 、2018年に複数の情報から確実に個体識 別できた頭数は17頭(幼獣4頭を含む、中国四国地⽅環境事務所・四国⾃然史科学研究セ ンター 2019)と危機的状況のままで、⽣息数が回復する傾向がみえていません。Ishibashi et al.(2017)や鵜野ほか(2019)による遺伝的多様性が低下しているという分析結果、太 ⽥ (2014)による個体群存続可能性分析(PVA)による近交弱勢など遺伝的劣化を考慮した 場合の 2036 年までの絶滅確率 62%という分析結果と合わせても、ツキノワグマ四国地域 個体群が絶滅する可能性は極めて⾼いと判断せざるをえません。⽣息数を回復させるため、 野⽣動物⾏政を主管する環境省の主導のもと、関係する機関や団体が連携した具体的な保 護の取り組みを、ただちに開始する必要があると考えます。また⼀⽅で、四国にお住まいの ⽅々にとってツキノワグマはすでに疎遠な存在であり、保護で個体数が回復することに対 しては林業被害や出没など不安や負担が増す要因となることから否定的な印象がもたれて います(⽇本クマネットワーク 2020)。 ツキノワグマ四国地域個体群の保護を円滑に実施 するためには、地域社会におけるツキノワグマの存在の許容度を増やすための取り組みも 同時に進める必要があります。
⽇本クマネットワークは、四国⾃然史科学研究センター及び⽇本⾃然保護協会と協働で 「四国のツキノワグマを守れ! ―50年後に100頭プロジェクト―」( 2017〜2019年度: 地球環境基⾦助成事業)を実施し、その成果を報告書にまとめました。この活動により得ら れた結果などをもとに、ツキノワグマ四国地域個体群保護にむけ、以下の 4 点を提⾔いたします。
1. 「希少⿃獣保護計画」の策定と実施
2. ⽣息環境保全の推進
3. 錯誤捕獲への対応
4. SDGs(持続可能な開発⽬標)の取り組みの中でのツキノワグマと地域の位置づけ
1. 「希少⿃獣保護計画」の策定と実施
他地域と異なる遺伝的特徴をもつツキノワグマ四国地域個体群の保護を確実に進めるた め、まず⽣息数を環境省が定める危機的⽔準を脱するための 100 頭に増やすことを⻑期⽬ 標とした積極的な取り組みが不可⽋です。「⿃獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関す る法律」および「⿃獣の保護を図るための事業を実施するための基本指針」に基づき、ツキ ノワグマ四国地域個体群を希少⿃獣の対象として扱い、その保護のため、環境省が主体となって「希少⿃獣保護計画」を策定し保護策を実施することを求めます。
計画には、個体群と⽣息環境のモニタリング、⽣息数増加のための施策、⽣息地保全のた めの施策、地域の多様な利害関係者を含めた合意形成、普及啓発などが含まれる必要があり ます。また、多様な利害関係者と協⼒体制を構築するための協議会及び専⾨家による科学委 員会を設置し、年度毎の実施計画の作成、実施、評価、⾒直しというPDCAサイクルに基 づく順応的管理を動かす仕組みを作ること、その成果を普及啓発に活かすことが求められ ます。またその実現のための拠点として、地域に⾃然保護官事務所を設置し、配置された⾃ 然保護官やアクティブレンジャーが積極的に計画を推進していくことが必要になります。
⾼知県では、「⾼知県希少野⽣動植物保護条例」に基づき、ツキノワグマを指定希少野⽣ 動植物に位置づけています。徳島県においても同様に、「徳島県希少野⽣⽣物保護指針」に 基づきツキノワグマを希少野⽣動植物に指定することを求めます。これらは環境省による 「希少⿃獣保護計画」策定へ向けた地域からの後押しになります。
2. ⽣息環境保全の推進
ツキノワグマ四国地域個体群保護を進める上で、⽣息適地のネットワーク化と拡⼤、その ための針葉樹⼈⼯林の広葉樹林化が不可⽋です。そのためには、環境省による「国指定剣⼭ ⼭系⿃獣保護区」を、新たに確認された⽣息地域(⽇本クマネットワーク 2020)を含む地 域まで拡⼤する必要があります。また、林野庁による「四国⼭地緑の回廊」や「保護林制度」 を活⽤して指定⾯積を拡⼤し、それらの連続性を⾼めてネットワーク化を図ると共に、針葉 樹⼈⼯林の間伐後の積極的な広葉樹林化への誘導のための管理を求めます。そのためには、 ⺠有林も含めた緑の回廊の指定を今後さらに積極的に進めると共に、広葉樹林化への⽀援 を⾏うこと、⺠有分収林の施業集約化と広葉樹林化なども具体的に進める必要があります。 また、残存するツキノワグマへの給餌、⽣息域外保全、補強なども具体的な保護対策の選択 肢として検討すべき段階にあります。「希少⿃獣保護計画」のもとでの議論を求めます。
3. 錯誤捕獲への対応
現在分布の拡⼤と個体数増加に伴い森林⽣態系や農林業に影響を与えているニホンジカ やイノシシの⽣息密度を低下させるため、2013 年12 ⽉に環境省と農林⽔産省による「抜 本的な⿃獣捕獲強化対策」の取り組みが、ツキノワグマ四国地域個体群の分布域内でも進め られており、くくりわなや箱わなによるツキノワグマの錯誤捕獲の可能性が増⼤していま す。錯誤捕獲が発⽣すると、個体群への影響が⼤きいことはもちろん、捕獲従事者への⼈⾝ 事故のリスクも⾼まります。また絶滅危惧個体群における錯誤捕獲の発⽣は、社会的な批判 の対象となる可能性が⾼いと認識しておくべきです。錯誤捕獲を避けるため、わなの規制範 囲をツキノワグマの⽣息確認地域全域に拡⼤すること、規制が⾏われるまでの間は、わなの ⾒回りを毎⽇必ず⾏うこと、監視カメラ等によりモニタリングし、ツキノワグマ誘引の可能 性が⽣じた場合には、わなの設置を中⽌すること、錯誤捕獲発⽣時に備え盤⽯な対応体制を 構築し、発⽣時には速やかに放獣を実施すること、放獣が困難な場合には傷病⿃獣として速 やかに動物園等に搬⼊することが必要です。こうした保護個体は、域外保全の資源としても 活⽤できます。特に、いつ錯誤捕獲が発⽣してもおかしくない現状を強く認識し、発⽣時に遅滞なく対応するためのマニュアル、⼈員体制と予算を整備しておくことを求めます。
4. SDGsの幅広い取り組みの中でのツキノワグマと地域の位置づけ
ツキノワグマ四国地域個体群の保護は、「絶滅の危機にある⼤型野⽣動物の保全」という グローバルな環境⽬標と、「保護による⼈⾝事故や林業被害のリスク増加に対する管理」と いう安⼼安全な暮らしを守るためのローカルでかつ根本的な⾏政⽬標という両極端な側⾯ を持ち、両者をバランス良く実施しなければ⽬標は達成されません。また、「将来世代にわ たって豊かな⾃然の恵みを享受できる暮らしを守る」という未来志向の⽬標と、「現在世代 の安⼼安全を守るという⽬標」という時間スケールの異なる問題とも捉えられます。このよ うな2項対⽴では解決できない問題に関しては、持続可能な開発⽬標(SDGs)の取り組み との親和性が⾼いと考えます。単に絶滅の危機に瀕したツキノワグマ個体群を守る、という ⾯だけに縛られず、地域の多様な主体と共に、SDGsの推進のキーワードとして「地域もク マも持続的に守られるような関係」を⽬指した多様な取り組みを推進していく必要があり ます。そのためのコーディネートを環境省に期待し、冒頭に提⾔した「希少⿃獣保護計画」 の策定を⽬指すことからまず始めていただくことを求めます。
おわりに
⽇本クマネットワーク、四国⾃然史科学研究センター、⽇本⾃然保護協会は、今後も協働 してここに提⾔した⾏政の取り組みを⽀援すると共に、⺠間団体の利点を活かして多様な 対象に向けた普及啓発や地域活動を展開することにより、地域のツキノワグマの⽂化的許 容度を向上させ、最終的にはツキノワグマの保護につながるような活動を実践していきま す。環境省、林野庁、徳島県、⾼知県、⽣息情報のある市町、そして私たちを含む多様な関 係団体が共通の⽬標のもとに役割分担をしながら連携して具体的な活動を推進していくこ とを強く求めます。
以上
引⽤⽂献
中国四国地⽅環境事務所・四国⾃然史科学研究センター. 2019. 国⽴公園等⺠間活⽤特定⾃然環境保全活動(グリーンワ ーカー)事業 国指定剣⼭⼭系⿃獣保護区ツキノワグマ等保護監視調査報告書. 中国四国地⽅環境事務所・四国⾃ 然史科学研究センター,66pp.
Ishibashi Y, Oi T, Arimoto I, Fujii T, Mamiya K, Nishi N, Sawada S, Tado H, Yamada T. 2017. Loss of allelic diversity in the MHC class II DQB gene in western populations of the Japanese black bear Ursus thibetanus japonicus . Conservation Genetics 18: 247-260.
⽇本クマネットワーク(編). 2020. 「四国のツキノワグマを守れ! 50年後に100頭プロジェクト」報告書. ⽇本クマネ ットワーク,札幌,126+28pp.
Ohnishi N, Uno R, Ishibashi Y, Tamate HB, Oi T. 2009. The influence of climatic oscillations during the Quaternary Era on the genetic structure of Asian black bears in Japan. Heredity 102: 579-589.
太⽥海⾹. 2014. クマ類の⽣態・経済リスク管理のための個体群⽣態学的研究. 横浜国⽴⼤学⼤学院博⼠論⽂. 3+138pp.
鵜野-⼩野寺レイナ・⼭⽥孝樹・⼤井 徹・⽟⼿英利. 2019. 四国で捕獲されたツキノワグマの⾎縁関係と繁殖履歴. 保全 ⽣態学研究 24: 61-69.
Yasukochi Y, Nishida S, Han SH, Kurosaki T, Yoneda M, Koike H . 2009. Genetic structure of the Asiatic black bear in Japan using mitochondrial DNA analysis. Journal of Heredity 100: 297-308.